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龍渓書院

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龍渓書院

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朝鮮中期の文官で、生六臣(朝鮮端宗の時代の忠臣)の一人である耕隱李孟專先生の学徳と忠義を追慕するために正祖6年(1782)に王命によりトゴク洞に建てられたものである 耕隱李孟專先生は世宗9年(1427)に「親試文科」に及第、承文院正字を経て正言、居昌縣監を歴任した。世祖が幼い端宗の王位を狙い、官職を退いて故郷に戻り、学問を修めて生涯を送った。 後に吏曹判書に追贈された。 この建物は高宗5年(1868)に大院君の書院撤廃令によってノハン洞に移されて私塾で使用され、1976年7月永川ダムの建設工事によって今の位置に移された。 翼工系の形式で建築された楼閣式の「八作屋根」である。

(李孟專 1393~1481) 雅号は「耕隱」、本貫は碧珍、資憲大夫・兵曹判書であった李審之の息子で、クミ見谷で生まれた。 冶隱吉再先生の下で修学し、官職についた。癸卯政乱の後、国政を離れて外職で居昌縣監に赴任した。 世祖が端宗を廃して王位に上がると、「忠臣は不事二君する」という春秋義理を堅く守り、官職を辞任して故郷に戻った後目の見えない、耳の聞こえないふりをして27年間もの長い間端宗にだけ忠誠、隠居して89歳の高齢で世を去った。 (生六臣李耕隱の祭壇、龍山里、ウォンガク休憩所、ヨンサンバス停、永川、永川ダム、チュクジャン)

  • 指定番号 : 有形文化財第55号
  • 所在地 : 永川市紫陽面龍山里303番地
  • 時代 : 朝鮮正祖6年(1783)
  • 所在地 : 碧珍李氏耕隱派宗中李ジョンオク
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